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三連休最終日いかがお過ごしでしょうか?

先日、朝倉先生、育成塾のメーリングリスト
(卒業生700名と情報提供、メール交換が出来る)
の中で、ある卒業生が以下のメールを下さいました。

感動致しましたので、お裾分けさせて頂きます。

**********************

9.11の日に友人からもらったメールの一部をご紹介します


「最後だとわかっていたなら」

あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめてキスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたら
一言だけでもいい・・・
「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい

若い人にも
年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから

この詩は
最後だとわかっていたなら 【全文】
作・ノーマ コーネット マレック / 訳・佐川 睦 

この詩の原詩は、あの9.11以降にネットで
世界中に広まったものですが、
実際は原詩の著者である、ノーマ・コーネットさんが、
10歳で溺死した長男のことを偲んで書いた詩だそうです。

出会った人、特に身近な人が亡くなってから初めて、
伝えたかったのに伝えきれなかったことがあったことに
多くの人が気づき、後悔します。

一日一日を後悔することなく生きようと、思わせてくれる詩です。
今まで出会った人、今日出会う人、全ての人に感謝の気持ちで、
自分の気持ちをきちんと言葉にしていけるようにします。


*************************

お読みなりいかがでしたでしょうか?

私達の命は有限です。
人それぞれ境遇が違います。
私は心にズッシリ響きました。

何か心に感じて頂ければ幸いでございます。

本日も有難うございます。

     第一印象研究所:ご縁マナー講師/杉浦 永子
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【2008/09/15 09:59】 | 暮らし
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まいるすとーん
言葉では意識するものの、実際にはなかなか日々思うのは難しいと思います。
これが最後と思いながら進める人は、本当に意味のわかっている人なんでしょうね。さすがに僕はできません。
だから、「最後かもしれない」ではなく、「今を一生懸命生きること」を心がけて行きたいですね。この瞬間だけは自分で変えることの出来る「とき」ですからね。

重みがずっしりときます。
伊藤
失ってから初めてわかる命や時間の大切さ

経験した人でしかわからない部分も多分に

あると思いますが、貴重な時間、貴重な命を

削って私たちは生きていてることをもっと

自覚しなければなりませんね。


まいるすと~んさんへ
重みのあるコメント有難うございます。

いつも、まいるすと~んさんからは
様々なことを学ばせて頂いております。
そうですね。

”今を一生懸命生きる”という表現のほうが
ポジティブですね。

時折、このような詩を読んで、
刺激を受けております・・・。

”時”を大切にしたいです。




伊藤さんへ
人生をろうそくに例える方もいらっしゃいます。

経験した者・・・私は経験していますが、

それでも、年月と共に気持ちが薄れていきます。

些細なことで余裕の無さから夫婦喧嘩をして反省をする
こともあります・・・。

でも、このような詩を読むと又、新たな気持ちになります。



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コメント
この記事へのコメント
言葉では意識するものの、実際にはなかなか日々思うのは難しいと思います。
これが最後と思いながら進める人は、本当に意味のわかっている人なんでしょうね。さすがに僕はできません。
だから、「最後かもしれない」ではなく、「今を一生懸命生きること」を心がけて行きたいですね。この瞬間だけは自分で変えることの出来る「とき」ですからね。
2008/09/15(Mon) 14:04 | URL  | まいるすとーん #-[ 編集]
重みがずっしりときます。
失ってから初めてわかる命や時間の大切さ

経験した人でしかわからない部分も多分に

あると思いますが、貴重な時間、貴重な命を

削って私たちは生きていてることをもっと

自覚しなければなりませんね。
2008/09/15(Mon) 19:53 | URL  | 伊藤 #r9MpMX5Y[ 編集]
重みのあるコメント有難うございます。

いつも、まいるすと~んさんからは
様々なことを学ばせて頂いております。
そうですね。

”今を一生懸命生きる”という表現のほうが
ポジティブですね。

時折、このような詩を読んで、
刺激を受けております・・・。

”時”を大切にしたいです。

2008/09/16(Tue) 08:03 | URL  | まいるすと~んさんへ #-[ 編集]
人生をろうそくに例える方もいらっしゃいます。

経験した者・・・私は経験していますが、

それでも、年月と共に気持ちが薄れていきます。

些細なことで余裕の無さから夫婦喧嘩をして反省をする
こともあります・・・。

でも、このような詩を読むと又、新たな気持ちになります。

2008/09/16(Tue) 08:20 | URL  | 伊藤さんへ #-[ 編集]
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